むくげ通信163号

書評/

尾上守・松原満紀『住友別子銅山で<朴順童>が死んだ』(晴耕雨読社、2200円+税)

飛田雄一

 

 愛媛県の別子銅山のことは中学校の地理の時間に習ったような気がする。その別子銅山に強制連行された朝鮮人の調査活動の記録が出版された。各地で地道な調査活動が続けられているが、その成果のひとつである。

 著者は、尾上守と松原満紀のふたりで、ともに「松山・日本コリア協会」のメンバーである。この会の正式名称は、日朝協会松山支部だが、「松山支部では朝鮮人よりも韓国人との交流の方が盛んで、ストレートに北朝鮮を連想させる『朝』の字が自分たちの活動とマッチしない。といって日韓協会ではやはり視野が狭い。そこで韓国も北朝鮮も正式な英語国名として共通して採用している『コリア』を使って『日本コリア協会』と通称することにしている」という。

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 私は、著者のひとり尾上守さんとパソコン通信で知りあった。以前、「在日メイリングリスト」かなにかで強制連行の調査をしているという尾上さんのメールを見て、私が返事を出したことがあったのである。この本が出版されたという案内もいただきさっそく注文して取り寄せた。

 本書は、第1部「探索の旅の中で」(尾上)と第2部「戦時下の愛媛における韓国人動員の実態」(松原)からなる。

 調査は、1991年8月、朝鮮人強制連行真相調査団が別子山村皿谷の村営墓地に住友銅山に動員されていた朝鮮人の数基の墓を確認したという報道から始まる。そこの南光院の過去帳には3名の朝鮮人の名前が記されていたが、そのひとりが「朴順童」であった。

 松山・日本コリア協会は、さっそく会員たちに墓地の墓参りを呼びかけた。墓石を前にしての、遺族たちは異国のこんな山の中に肉親が葬られていることを知っているのだろうか、という思いから調査活動が始まるのである。

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 第1部「探索の旅の中で」では、まさに手探りでの遺族探しの旅が綴られている。

 翌92年8月、まず友人を通して釜山日報に手がかりを求める投稿を掲載してもらった。これも釜山地域あるいは慶尚南道に遺族がいるという資料があってのことではない。とにかく行動を開始したのである。

 また、偶然書店で目にした『在日韓国・朝鮮人の戦後補償』(明石書店)に「別子行き」という文字を発見したがそれは、姜徳相氏の北海道開拓記念館所蔵の資料解説の部分だった。それから北海道住友鴻之舞鉱山から住友別子銅山に240数名の朝鮮人が移送されたという記録が北海道開拓記念館に残されていることを知ったのである。強制連行に関する記事が大きく報道された時期に、写真入りの名簿が発見されて話題をよんだが、それが鴻之舞鉱山のものである。

 先の釜山日報の投書には残念ながら反応がなかったが、翌年釜山を訪れたときに同新聞社を訪問したことから報道がなされ、それを見た韓国人からの協力の申し出があったりして徐々に調査が進んでいった。「韓国よりも飛行機代が高い」北海道にも開拓記念館のコピー不可の資料を書き写してくれる協力者も現れた。

 そして朴順童さんの出身地も忠清南道であることも判明していよいよ韓国への「旅」が始まるのである。韓国MBSも本格的にドキュメンタリーをしてとりあげることになり、1995年8月に調査団が訪韓する。事前に韓国の役所に問い合せたことにより、別子銅山で働いた経験のある10名を確認していたが、その方々と朴順童さんの遺族に会うのが目的だった。現地では先に紹介した写真入りの名簿に名前のあった方に会うことができたり、朴順童さんが別子銅山で亡くなっていなかったことが判明したり(その内容は本書を読んでのお楽しみ)等の成果をあげた「旅」が、第1部に淡々と綴られている。

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 第2部「戦時下の愛媛における韓国人動員の実態」は、韓国調査団の活動が報道されたことから得られた新たな証言者の聞き取りや新居浜あるいは北海道鴻池鉱山での調査活動が記されている。日本人で同じく別子銅山に学徒動員された方は、「着ている服はボロボロで、それを繕うのにダイナマイトの糸を使う。そんなことをするとダイナマイトの着火時間が狂ってしまい危険なので、韓国人には導火線を持たすなと言われていた」と証言している。

 第1部の尾上さんは「押しの強さ」を自認されているが、第2部の松原さんは丁寧な資料調査をされる方である。鴻之舞鉱山から別子銅山に移された朝鮮人労働者を現住所別、本籍地別、イロハ別の名簿を作られている。そこで記憶していた「月城」の姓が新たな発見につながったりもしている。

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 本書のもうひとつの優れている点は、これまで明らかにされたいなかった愛媛県の戦前の在日朝鮮人の全体像に意欲的に迫ろうとする論考・年表(1924〜1945)が付されていることである。今後の愛媛県の在日朝鮮人史研究になくてなならない1冊となることは確実である。

 本書の「旅」をテーマにしたドキュメンタリーは、韓国で『帰郷』というタイトルで放映された。とても評判となり韓国MBCドキュメンタリー部門のグランプリを授賞している。(巻末に収録されているシナリオを読んだ私はビデオも是非見てみたいと思っている。)

 大上段にふりかぶった書き方ではなく、「出来る限り自分が納得しうる言葉で語ろうと努力した」(あとがき)という本書は、読者をひきつけ一気に読ませてくれる。夏休みの読書にお勧めの1冊である。(飛田 雄一)

【入手方法】送料ともで2510円を<郵便振替 01600-0-18477 日朝協会松山支部>に送金する。

【松山・日本コリヤ協会/連絡先】TEL-FAX 089-984-0230(松原)

 

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