朝鮮人・中国人の強制連行・強制労働を考える全国交流集会in北海道(2004年10月) 全国交流集会の総括について 今回の全国交流集会は、戦後清算問題解決の糸口として遺骨問題がクローズアップされるとともに、戦後補償の立法、真相糾明、遺族捜し、日韓会談資料公開などの必要性が改めて確認されました。その結果として、遺骨問題の新たなネットワークの構築が提起されるなど、戦後60年を前に意義深い集会になりました。 また、フィールドワークでは、北海道における人権の歴史と現実が示され、全国から参加した多くの方々と感銘深い問題意識を共有することができました。 主催した私達も、新たな人間関係を築き、崔弁護士をはじめ多くの方々の取組みや問題提起から多くのことを学ぶことが出来ました。 全国交流集会の成果を生かし、戦後補償の実現をはじめ、東アジアの真の和解と平和に向けた取り組みが北海道フォーラムの課題としても大切な課題となりました。 札幌別院の新体制のもとで遺骨問題の解決にむけた新たな動きも始まっています。私達は、国内外の人々と連帯し、遺骨問題を中心とした取組みを戦後補償実現の一環と位置づけ、次への一歩を踏み出したいと思います。 全国交流集会の参加者は、9日の札幌集会167名、夕食交流会参加50名、10日のFW参加44名、最終日の朱鞠内集会、FW参加者57名でした。 北海道集会のひとつの特色は、従来の全体会・分科会プラスFW形式とせず、強制連行・強制労働に関し全国で実践されて来たことを各分野別にある程度まとめ、それらを全体的関連で捉え直すということでした。こうした方法をとった背景には、国内的には1990年から10年間連続して全国交流集会が持たれ、その後昨年まで地域が開催を呼びかける形で3回全国交流集会が持たれてきたという財産があったことと、国際的には、韓国における「特別法」の成立という状況下で国際交流が第2回、3回、4回とたて続けにしかもそれが1年以内に持たれることが明らかとなり、日本国内においてもそれに対応した各分野別実践のまとめと分野間の関連把握をする必要が生じて来たことでした。 全国実践の関連をまとめて捉え直すということは、どの分野においても真相究明・謝罪と補償という要素の実現が欠かせないし、人権・人間の尊厳の回復という運動の大きな方向に立つことによって各分野別の視野の中での運動の行き詰まりということも解決していくではなかろうかという立場に立ことでした。 このことは取りも直さず運動の全国的センターの必要性を益々増加させていることを意味しています。それにしても、1回〜10回、それに続く3回の全国交流集会が持たれて来た事は、交流集会を中心として企画推進されてこられた方々の存在とそのために使われた膨大なエネルギーの大きさを思わざるを得ません。そして、企画推進に携わった方々の中には今もなお運動の全国的推進のために動かれている方が居られることに深い感謝の念を禁じ得ません。 北海道集会の持ち方の第2の特色は、実質2日半の開催中FWが1日半を占めたことです。それは、長年取組まれて来たバラエテイに富んだ地域実践、中でも青年同士の交流にまで運動が発展している朱鞠内の実践をFWを通して体得してもらうことでした。更に、明治以後敗戦までの間に強制労働を強いられた人々(アイヌ、囚人、「タコ」部屋労働者、朝鮮人・中国人)の状況を短時間に同時にFWを通して体験してもらうということでした。この点では、FWの各地点での体験は生きた分科会的意味がありました。 北海道集会の第3の特色は、北海道集会のテーマとして、東アジアの平和と和解を掲げ、戦後補償の実現をめざす全国交流集会としたことでした。 この集会は、多くの人々の善意に支えられて成功することができました。全国から寄せられたカンパ、札幌の労働組合、市民団体の宣伝、参加のご協力、提言者やフィールドワーク説明員の皆さん、イチャルパを催してくださったアイヌ民族の皆さん、実行委員会を支えてくださったお手伝いのみなさん、そして何よりも北海道までの高額な交通費と参加費を負担してお集まりくださった参加者の皆さんなど数多く方々の協力と努力がありました。ここに改めて皆さんに心より感謝申し上げます。 「朝鮮人・中国人の強制連行・強制労働を考える全国交流集会in北海道」実行委員会 |