川上盾牧師の説教「到達したところに基づいて」(2012.9.8 センター40周年記念式典)

最終更新日: 2012年09月29日

聖 書 フィリピの信徒への手紙 3章12節~16節

03:12わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。 03:13兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、 03:14神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。 03:15だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。 03:16いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。

2012.9.8

神戸学生青年センターの40周年にあたり、これまでの歩みを支えてこられた方々に感謝とねぎらいの言葉を贈りたいと思います。これまでありがとうございました。そしてお疲れさまでございました。

学生センターの活動を拝見していつも思わされる(感心させられる)ことは、ひとつのテーマ、ひとつの課題にとことんこだわり、とことん追求する、その筋が一本ピーンと通っている活動方針を持っておられるのだなー、ということです。たとえば朝鮮の歴史、日韓、日朝関係の社会問題に対する取り組み。「朝鮮史セミナーと言えば学生センター」、そう言われて「なるほど」とうなずけるほど、多方面にわたって研究、調査、啓発、そして文化交流の働きに関わってこられました。

また、他方では農業問題、環境問題への取り組みがあります。「環境食品セミナー」「農塾」を初めとして、人体への影響や自然環境のことを先進的に考える中で、世の流れに流されない農のあり方、食品や生活の安全性を重視したライフスタイルを提唱してこられました。95年の阪神大震災の後には、六甲奨学金を開設、日本で学ぶアジアからの留学生を支える働きも継続してこられました。奨学金の基金となる古本市は、今や神戸の春の一つの風物詩と言えるイベントともなっています。毎年多くの収益を上げられる活動をずーっと続けてこられたその働きに、いつも敬服しております。

神戸学生センターは、キリスト教信仰を活動の根本精神として設立されたセンターです。キリスト教には、内面の信仰による救いを得るという営みだけではなく、社会の様々な問題、特に弱い立場に立たされた人の側に立って、社会変革を試みるという活動を生み出してきた歴史があります。神がつくられたこの世界。その世界を神のみこころにかなうありようへと変えていく(あるいは、元の姿にもどしていく)、そういう働きを大切にしようじゃないか、という機運が生まれてくる。それがキリスト教という宗教の特質です。その発端は、自ら進んで社会的に弱い立場に立たされた人と共に生きたイエス・キリストの生涯にあることは言うまでもないことですが、神戸学生センターもその系譜を引き継いでこられた場のひとつだと思うんです。しかし、キリスト教にそのような特質があるとは言っても、現在存在しているキリスト教会が、みなそろってそのような活動に関わり続けてきた訳ではありません。中には「内面的救済の伝達こそ教会の使命である」という言葉を隠れ蓑に、社会的無関心な姿に閉じこもってしまう現実もないわけではありません。しかしそんな教会の姿を常に問い、諭し、気付きを与えてくれるような活動を学生センターは担い続けました。

学生センターが設立されたのは1969年、日本社会では学生運動が盛り上がり、大きなうねりとなっていた時期でもありました。当時の学生や若者が抱いていた問題意識というものが、この学生センターの独自の働き、その歴史に影響を与えていたことは確かでありましょう。しかしその後、学生運動が下降線をたどり、日本社会が経済成長、バブル期の浮かれた状況、つまり右肩上がりの状況を迎える中で、当時掲げられていた社会変革の看板が次々と降ろされてゆき、当時若者であった人々の意識もどんどんと保守化していく傾向が強まっていきます。豊かな社会、「物質的に豊かな社会」が当たり前に存在するように思える状況の中では、人間の意識というものはむしろ保守化する。そういう傾向が世界的にありますね。人間の精神はそのように構造化されているのかも知れません。

そんな中にあっても、学生センターはぶれない方向性を堅持しながら、誠実にその活動を展開してこられました。世の流れの中からその歩みを見る時に、ある意味それは(こう言っては失礼だが)「愚直」にも思える歩み、「まだそんなことやっているのか?!」とささやかれるようなものでもあったのだろうと思います。1980年代において、もはや朝鮮問題に対する日本の庶民の関心は遠く、日韓文化交流など夢のように思えた時代でした。また農業においても、食の安全性よりは効率性、経済性を重視する発想が主流を占めていた時代がありました。陸上競技の長距離走のトラックにおいて、レースの中で周回遅れとなるランナーがでてきますが、そんな風に見られる時が学生センターにもあったのかも知れません。それでもひるまず、ぶれず、流されず、発足当初から大切にしてきた課題と実直に向き合ってこられたのがこの40年の歴史だったのでしょう。

ところが、今やどうでしょう。北朝鮮との関係はいろいろと困難ですが、日韓関係で言えば、日本の多くの人々が韓国の文化やサブカルチャーに関心を持っています。今若者たちの間で習いたい外国語は何かと聞けば、ある世代ではハングルが英語を抜いてトップになったという統計を見たことがあります。竹島や従軍慰安婦の問題が残るにせよ、多くの若者たちが隣国・韓国に関心を持っている、「あこがれ」を抱いている…。こんな時代が来ることを、当時誰が予想していたことでしょう。

また食品に関することでも、昨年の東日本大震災、福島原発の事故以来、経済性や効率性よりも、安全性を重視して食品を選び、ひいては自分たちのライフスタイルを考えようとする人たちが確実に増えています。これは原発事故という大変悲しい出来事によって呼びさまされた意識という面があるので、単純に喜ぶことはできないのですが、けれどもかつてこの国の大方の人が無関心であった原発の諸問題について、今や多くの人が関心を持ち意見を言う。原発の再稼働に反対するデモに集まる人の数が、自然発生的に増えている、そんな現実があります。原発や環境を巡る政策が次の選挙の最大の争点になる…そんな時代が来ることを、数年前まで誰も予想できなかったと思います。

これらは学生センターが、40年間、ぶれずに追い続けてきたテーマです。「まだそんなことを…」というまなざしを感じつつ、それでも確信を持って取り組んできた課題です。その課題に、今や時代の方が近付いてきている…。先ほど「周回遅れのランナー」という大変失礼な譬えを申し上げましたが、実は遅れていたと思っていたのは時代の方であって、周回遅れだと思っていたのは実はトップランナーとしての姿だった。そういうことなのではないでしょうか。時代に流されず、流行を追わず、誠実に、実直に、愚直に取り組んできた歩みを、今、時代の方が必要としてきている現実に、不思議な摂理を感じます。

先ほどお読みした聖書の箇所は、イエス・キリストの弟子であり、キリスト教伝道の最大の功労者と呼ばれるパウロによって記された手紙の中の一節です。パウロがこれらの手紙を書いた時代、それはまだ「キリスト教」という宗教が確立したわけではなく、認められていたわけでもない、むしろキリスト教の前身にあたるユダヤ教徒や、当時の宗主国であるローマ帝国からの迫害を受けていた、そんな時代でした。キリスト教が世界の三大宗教のひとつとして確立している今とは全然違う、キリスト教などというものは吹けば飛ぶような、ちょっとひねれば簡単に消えてしまうような、そんな黎明期に、パウロという人は、「あの十字架に架けられて処刑されたナザレのイエスこそ、私たちにとっての救い主、メシヤ、キリストである」ということを確信を持って宣言するのであります。世の流れに乗れなくて、むしろ世の流れに逆らって、「イエスはキリスト=救い主である」ということをぶれずに語り続けます。

13節「兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」

自らの求める道、目指す方向に向けて、迷うことなくためらうことなく進む。そんなパウロの確信があふれる文章です。「だから、わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。」そんな風に語るんです。「このように考えるべきだ」。

この言葉を語らせているのは、パウロの信仰、その確信です。しかしこの言葉には、そんな風に自分の考えや行動に確信を持ち、正しい道を求めて歩もうとしている人がえてして陥りがちな、ひとつの危険性が含まれている。そんな風に私は思うんです。「完全な者はだれでも、このように考えるべきだ」。そのようにして、自分の考え、自分のこだわり、自分の正しさを、相手に対して、人に対して押し付けてしまう。強要してしまう。時代の流れに逆らって、こだわりを持って生きている人ほど、その思いが強くなってしまう。

70年代の左翼運動の中で、内ゲバという争いがありました。自分の存在を賭けて社会運動に関わってきた若者たち。大きな理想を掲げて歩みだしたはずの社会運動が、どうしてあんな凄惨な末路を迎えなければならなかったのか。時代の空気のことはよく分かりませんが、僕なりに考えてたどりついたのは、「どんなに正しいことも、有無をいわず押し付けるのはよくない」ということでした。どんなに確信のあること、自分で正しいと思うことであっても、問いかけて、説得して、同意形成をはかる。そんな地道な作業が実は大切なのであって、それを「てっとり早く」ということで力で強要しようとするときに、それは簡単に凶器に変り果てるということです。

パウロという人はそのような「こだわる者」が陥る危険性に、どうも気づいていたんじゃないか。そんな風に思うんです。「わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです。」と言った直後に、彼はこう記します。「しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことをも明らかにしてくださいます。いずれにせよ、わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。」自分の信仰、自分の考えに確信を持ちながらも、それとは少し違う考えを持つ人のことも尊重する。信頼する。そんな懐の深い姿勢を表わすのがこの「到達したところに基づいて…」という言葉です。実際のパウロという人自身がそのような懐の深い人だったかどうかは議論の分かれるところだと思いますが、しかしこの文章を見る限り、彼自身そのようなありようを目指していたことだけは確かであります。

私は、神戸学生センターの歩みもまた、この「それぞれが到達したところに基づいて…」という精神によるものであったし、これからもそうであって欲しいと思うのです。

どのように時代が流れて行こうとも、ひとつの確信、ひとつのこだわりを持って、「到達したところに基づいて」自ら信じる道をひたすらに歩む。その「正しさ」を一方ではしっかりと保ちつつ、もう一方ではそれを有無をいわさず押し付けるという方法ではなく、心に響く形で人々に伝えていく。納得できる形で共有するための問いを投げかけてゆく。自分たちとは少し違う歩みをする人との間にも、その歩みを理解し、尊重し、対話し、合意を図ろうとする営みに掛け金を置く。そのような絶妙なバランスの中で今後も活動を展開されていくことが、これからの神戸、これからの日本、これからの世界にとって、欠かせない役割を担うことにつながっていくのではないかと思うのであります。

神戸学生センターがそのような大切な働きを担う「地の塩」として、これからもますます用いられていくことを心から願う者であります。

(祈り)私たちの命の源であられる、主なる神さま。あなたが日々私たちの命を導いて下さるその恵みに感謝します。与えられた命を、自分の命だけでなく、隣人の命、この世界に生きるすべての命を、いかに豊かに用いて、共に歩むべきか。そんな道をあなたは私たちに問いかけ、求めておられます。その問いに、求めに、ひとつの姿で応えようとしてきた神戸学生センターの歩みがあります。学生センターの40年の歩みをあなたが導いて下さったことを感謝します。どうぞこれからも、時代に流されず、独善に居直らず、ぶれないこだわりと、それを人の心に響かせようと願う志をと抱き、この世界にとって大切な働きを生み出すものとならせて下さい。イエス・キリストの御名によって祈ります。


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