======================================

青丘文庫月報・173号・2002月9月1日

図書室 〒650-0017 神戸市中央区楠町7-2-1 神戸市立中央図書館内
TEL 078-371-3351相談専用TEL 078-341-6737
編集人 〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1 (財)神戸学生青年センター内
飛田雄一 TEL 078-851-2760 FAX 078-821-5878
郵便振替<00970−0−68837 青丘文庫月報>年間購読料3000円
※ 他に、青丘文庫図書購入費として2000円/年をお願いします。
ホームページ http://www.hyogo-iic.ne.jp/~rokko/sb.html
======================================

●青丘文庫研究会のご案内●

第211回 朝鮮近現代史研究会
9月8日(日)午後3〜5時
テーマ:「植民地朝鮮で朝鮮語を学んだ日本人」
報告者:山田寛人

第242回 在日朝鮮人運動史研究会関西部会
9月8日(日)午後1〜3時
テーマ:「難民条約と日本の外国人政策」
報告者:飛田 雄一

会場:青丘文庫(神戸市立中央図書館内)

<巻頭エッセー>
私のホームページづくり  藤永 壯

 勤務先のサーバーにホームページを開設して4年目を迎えた。公開して1年ほど経ってから設置したカウンターの数字が、今年の8月初めには2万2000回を超えたので、1日に平均して25回ほどのアクセスがあった計算になる。まことにマイナーなページなのだが、それでもたまに未知の方から感想のメールなどをいただくと、素直にうれしいし、励みにもなる。
 当初、ホームページ開設のおもな目的は、私の授業を受講している学生に、講義ノートと配布資料を公開するところにあった。大学の一般教養課程を担当する私の講義内容は、当時、1回生には開港から解放までの朝鮮近代史を、2回生には解放から朝鮮戦争までの朝鮮現代史を概説するものであった。教科書として、近代史は姜在彦先生の『日本による朝鮮支配の40年』(朝日文庫)を、現代史は大沼久夫氏の『朝鮮分断の歴史 1945年〜1950年』(新幹社)を使わせていただき、大いに助かっていたのだが、それでも私なりに補足する事項もあるし、参考資料も別途作成している。また学生は毎回出席するとは限らないし、出席したからと言って、いつも集中して私の話を聞いているわけでもない。「試験対策」としてでも構わないから、意欲のある学生には、授業で聞き漏らしたことをみずから補えるようにと、講義ノートの公開を思い立ったのだった。期待していたような「教育効果」は大してあげられなかったように思うが、意外にも一般の方々から好意的な反響をいただいた。学生たちの役に立たないわけでもないようだし、せっかくつくったデータを削除するのも残念なので、折りに触れて手直しを続けながら今日に至っている。
 講義ノートの公開が一段落したあとは、ときどき私の論文をアップロードするなど、コンテンツの充実をはかってきたが、昨年あたりから、やはり教材用に収集してきた写真の掲載をはじめた。講義内容への理解を深め、また学生が退屈しないよう授業の流れにアクセントをつける意図もあって、私は講義中にできるだけ視覚教材を使用するよう努めている。その材料にしようと、昔の絵葉書を収集したり、調査旅行先で史跡を撮影するほか、写真集やグラビアなどからスキャンした写真もかなりたまっていた。とくに近年、デジタルカメラの普及や画像処理ソフトの性能向上はめざましく、画像のデジタル化にかかる手間は大幅に短縮された。銀塩写真をスキャンしたり、画像をインデックスつきのホームページのファイルへと加工する作業も、パソコンやスキャナーが自動的にやってくれる。最初は画像をテーマ別に整理し、簡単な解説を付していたのだが、丁寧にやるといくら時間があっても足りないので、最近は手持ちの画像のアップロードを最優先にし、解説を付ける作業や項目分類などは後まわしにしている。ともかくこうして朝鮮のほか、台湾や中国東北地方、上海などの地域別に、手もとにあった朝鮮近現代史・植民地史関係の写真をほぼ掲載し終えたところである。
 近年、大学をとりまく状況は非常に厳しい。私自身も昨年、新設学部に移ってから、研究・教育環境が大きく変わった。研究に充分な時間をさけない状態が長く続いているし、これまでのような朝鮮近現代史をテーマとする授業も、間もなく担当できなくなるだろう。今まで蓄積してきた題材を生かしながら、どのような新しい授業内容を組み立てていこうか、ホームページのコンテンツを見ながら思案しているところである。

*ホームページ「ナルゲ」のアドレス=http://www.he.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/

第209回 朝鮮近現代史研究会6月9日(日)
第六次日韓交渉での財産請求権問題をめぐる議論について 太田修

 第六次日韓交渉は、日韓国交正常化交渉の重要な懸案であった財産請求権問題が事実上妥結したという意味において、日韓交渉史の中でクライマックスとなる会談であった。
 今回の報告の目的は、先行研究で充分に扱われなかった韓国内での議論に注目しつつ、第六次交渉での財産請求権問題をめぐる議論を検討することにある。
 @朴正煕政権の財産請求権問題へのアプローチ、A第六次交渉での財産請求権問題をめぐる日韓両政府の議論の過程、B財産請求権問題をめぐる韓国内での議論の内容について検討したが、紙数が限られているため、ここではBについてのみ紹介しておく。
 Bは先行研究で充分に検討されていない部分である。まず、韓国経済人協会や商工会議所など韓国経済界は、政府の日韓経済協力促進の方針を支持し、日本の経済界との交流を推進した。
 一方、1963年政治活動を再開した民政党、民主党などの野党は、「韓日問題汎野党闘争委員会」を結成して朴正煕政権の財産請求権問題へのアプローチを「低姿勢」、「秘密外交」だと批判した。
 主要紙の『東亞日報』と『朝鮮日報』はアジアの「反共保塁」構築という冷戦の立場から日韓国交正常化を訴えもしたが、財産請求権問題の処理に植民地支配への「贖罪」の意味がこめられるべきだという主張に重点があった。また、『東亞日報』は日本で在日韓国人の個人補償問題を扱ったテレビドキュメンタリー「忘れられた皇軍」が放送されたことを伝えるなど、個人補償問題についても報道し始めた。
 総合雑誌『思想界』や知識人たちも、「経済協力」方式が植民地支配を反省するものではないという点を強調し、朴正煕政権の対日政策を批判し始めた。またこの頃植民地下朝鮮の歴史研究が本格化し「日帝官学者の韓国史観」の克服(金容燮)、「新たな植民地主義」批判(宋建鎬・文 宣)などが提起された。
 日本の植民地支配による被害と損害を受けた人々は、第六次交渉で財産請求権問題処理の大枠が示されると補償を求める声をあげ始めた。まず、かつて旧日本銀行券を所持していた人々が朝鮮銀行清算委員会、殖産銀行清算委員会などに書簡を送ってその弁済を求めた。また在韓被爆者が、韓国政府、アメリカ大使館などに陳情書を提出して原爆被害者の補償を訴えた。このような声は交渉内容に影響を及ぼすには至らなかったが、第六次交渉を契機として被害者らの声があがったことは見逃せない。
 最後に、韓国やアメリカで第六次交渉に関する資料公開が部分的ながらも進んでいるのにたいして、日本側の資料はほとんど公開されていないことを指摘しておく。事実を知るためにも早急な資料の公開が望まれる。

第240回 在日朝鮮人運動史研究会関西部会6月9日(日)
私の在日 梁相鎮

 私が生まれたのは、1929年3月大阪市北区の朝鮮人密集地だと聞いている。
 父親の職業は屑物商で、大正の末期に故郷の済州島から日本に来て、一時帰国して結婚し、昭和初期に再び日本にやってきたのだという。父親が住んでいた此花区大開町三軒家は、当時済州島から来た人々の一時寄留所であった。
  1937年に兵庫県武庫郡精道村(現芦屋市)に転居し、それまで通っていた此花区の西野田第五尋常小学校から精道村の宮川小学校の3年に転学した。1943年3月には芦屋市の岩園国民学校高等科を卒業したが、当時の軍国主義教育の中で、軍国少年となっていた。
 卒業後は武庫郡本庄村西青木(現神戸市東灘区)の岡本造船鉄工に就職、その過程で芦屋市青年学校で軍事訓練を受け、1年終了時には金筋優良袖章を受賞した。また、ここで1945年5月の川西航空機甲南製作所の空爆、同年8月の芦屋市空襲を体験した。そして1945年8月15日の日本敗戦で、軍国少年の夢は破れた。
 茫然自失状態になり、日本や世界の文学全集を読みあさった。1946年にモスクワ三相会議決定支持大会に初めて参加、同年7月から8月にかけて朝連兵庫県青年学院で1ヶ月修学したが、ここで朝鮮民族解放闘争史とマルクス・レーニン主義理論を学習し、人生観が変わる決定的な契機となった。
 1946年8月には朝連阪神支部芦屋分会総務部員となり、同年10〜12月には三・一政治学院で学び本格的な階級的覚醒を得た。
  その後、在日本朝鮮青年同盟兵庫県本部の組織宣伝部員となり、1948年4月の阪神教育闘争を闘い、闘争後は日本共産党県オルグとして阪神地区内の朝鮮人組織の復旧活動に従事した。1949年9月の朝連解散時には朝鮮青年同盟兵庫県本部の総務部長であった。
 朝連解散後は、非合法の青年祖国戦線兵庫県委員として阪神間で主に活動したが、1950年7月には日本共産党より国際派として除名処分される。1952年から1955年9月まで祖防組織と日共民対の各級で活動したが、朝鮮総連結成とともに共産党を離脱、その後朝鮮総連の活動家として様々な運動に従事し、1995年の定年退職後は、強制連行真相調査団の事務局長として現在にいたっている。 (堀内記)

========================================

2002「強制連行・強制労働フォーラム in 花岡」のご案内

日時:2002年9月14日(土)〜9月16日(月) 2泊3日

参加費:25.000円  

食事、宿泊(矢立ハイツ2泊)、資料代など、期間中の全費用を含みます。

但し、大館までの交通費、及び個人的費用についてはこれに含まれません)

申込先:お申込みに際しては、同封の郵便振替用紙にて、氏名、連絡先をご記入の上、所定金額をお振り込みください。

【 * 振込先:02230-3-76515 NPO花岡平和記念会】

詳細は、下記ホームページで。

http://www.hyogo-iic.ne.jp/~rokko/renko/2002hanaoka.htm

========================================

【今後の研究会の予定】
 10月13日(日、在日塚崎昌之、近現代史・未定)、、11月10日(日)、2月8日(日)。※発表ご希望の方は、水野または飛田までご連絡ください。

【月報の巻頭エッセーの予定】/2002年10月号(佐野)、以降は、梁永厚、文貞愛、藤井幸之助、金河元、高木、森川。※締め切りは前月の15日です。よろしくお願いします。

=======================================

<太平洋戦争下神戸における連合軍捕虜フィールドワーク>

(貸切バスで神戸市内の収容所跡等をまわります)

日 時:10月14日(月、休日)午前10時〜午後4時

     三宮・東急イン前集合

参加費:2000円

定 員:50名(定員になり次第締め切ります)

主 催:神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会

(代表・安井三吉、神戸学生青年センター内)

TEL 078-851-2760 FAX 821-5878 E-mail rokko@po.hyogo-iic.ne.jp

=======================================

<編集後記>

                     (飛田雄一 rokko@po.hyogo-iic.ne.jp)

青丘文庫月報一覧神戸学生青年センター