むくげ通信211号(2005.7.31)15〜16頁

 

再論/1946年強制連行「厚生省名簿」  飛田雄一

 

 前号で韓国の日帝強占下強制動員被害真相究明法の解説等をした。そして718日には東京の韓国YMCAで強制動員真相究明ネットワークの結成集会が開かれた。その模様は呼びかけ人の竹内康人さんが自身のホームページhttp://www16.ocn.ne.jp/~pacohama/sensosekinin/0507netsyukai.html に報告を書いてくださっているので参照していただきたい。

 その集会でも話題になったが1946年のいわゆる朝鮮人強制連行に関する厚生省名簿が基本的に資料であるにも関わらず不明な点の多いということである。この厚生省名簿について改めて考えてみたい。

 中国人強制連行に関する名簿は、中国が連合国に属していた関係で戦後に作られたものがあるが、朝鮮人についてはないとされていた。その名簿の存在が明らかとなったのが1990年のことである。199087日、労働省は、「いわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿の調査について」という記者発表をおこなった。その内容は国保有の267,609人分、地方自治体所有の63,854人分、民間保有の98,115人分の名簿を韓国政府に提出したというものだ。この中で注目されたのが労働省倉庫にあった1946年に厚生省がおこなった調査に基づく16県分66,941人の名簿である。内訳は以下のようになっている。

 

 官斡旋・徴用 49,182

 自由募集    7,217

 不明     10,542

 

 16県分しか残っていないのが問題であるが、貴重な名簿である。厚生省名簿が労働省にあるのが奇妙な気がしたが当時、労働省がなく厚生省がその業務を行っていたのである(近年また厚生労働省となった)。厚生省名簿の存在は、同年75日に発表しているが村瀬松雄厚生相援護局業務第一課長は「この名簿は、全軍(郡?)の朝鮮出身者をすべて含んであるわけではないので、不完全な資料としてこれまで、あるとは認めてこなかった」としている(1990.7.5朝日新聞夕刊)。微妙な表現だか存在そのものには気がついていたような言い方である。(この名簿は、韓国政府に引き渡されたのち1993731日〜81日、奈良県で開催された第4回朝鮮人・中国人強制連行・強制労働を考える全国交流集会において一般に公開された。)

 一方で兵庫朝鮮関係研究会は、19906月から7月にかけて『特高月報』等で戦時中に朝鮮人を集団雇用した兵庫県下の28企業に「朝鮮人強制連行者の名簿および連行数の公表を望む要望書」を郵送した(以下、この件については、兵庫朝鮮関係研究会編『在日朝鮮人90年の軌跡』(1993年、神戸学生青年センター出版部)所収、金英達「1946年『厚生省名簿』が日の目を見る−兵庫県分一万三千余名のリスト」参照)。

 この要望に2社が答えたが、新明和工業株式会社(旧・川西航空機株式会社)は下のような一部が焼けたファイルの存在を兵朝研に知らせ関連部分の写真を提供してくれたのである。

新明和工業が提供してくれた名簿の写真

 先の日本政府発表の厚生省名簿の経緯が分からなかったが、この新明和のファイルに綴じられていた文書で初めてその経緯が明らかとなったのである。以下の文書が出ているようである。

 

@1946.6.17付、厚生省勤労局、勤発第337号「朝鮮人労務者に関する調査の件」

A(兵庫の例)1946.6.26付、神戸勤労署、神勤乙第170号「朝鮮人労務者に関する件」

 

 兵庫では同年77日にまでに報告を神戸勤労署に報告することになっていた。全国でこのような調査が行われて、報告書が厚生省に届けられたようである。その後、どういうことか分からないが、19907月になって16県分の存在が明らかとなったのである。

 @の文書については本年726日厚生労働省に、Aについては728日兵庫勤労局に情報公開を請求したが現在のところ返事が届いていない。Aは、新明和のファイルに一部が燃えて見えないものが綴じられている。

 また新明和のファイルに1946.1.10付「厚生省令第2号、昭和20年勅令第542号ニ基ク労務者ノ就職及従業ニ関スル件左ノ通定ム、厚生大臣芦田均」が綴じられていたが(この文書はすでに情報公開の対象となっている)、国籍等により労働者を差別してはいけないことを述べ差別する企業に制裁を加えることができるようになっているのである。

 @の文書が公開され、その後の調査集計に関する文書も公開されれば厚生省名簿の実相が明らかになると思われる。日本政府は16県以外の名簿は存在しないという立場であるが、日本政府が厚生省名簿の経緯を含めてすべての情報を公開することをしなければ名簿の不存在も怪しいものとなる。中国人強制連行に関する外務省報告書も日本政府はその存在を否定していた、1993年に東京華僑総会が保存していた報告書のコピーを公表することによって、初めて存在を認めたという経緯もあるのである。(NHK取材班『NHKスペシャル 幻の外務省報告書〜中国人強制連行の記録』日本放送出版協会、1994-05、テレビ放映は1993.8.14。一方朝鮮人強制連行の厚生省名簿については1993.8.1NHKで「調査報告『朝鮮人強制連行』」が放映されたが単行本化はされていない。)

 前号で朝日新聞2005.5.5にあった日本政府による約100社に対する朝鮮人徴用に関する実態調査は8月をメドに結果を韓国政府に伝えるとしているが、その100社の選び方も適切でない。強制動員真相究明ネットワーク結成の翌719日、日本政府に要請活動をしたが、そのとき厚労省の話によるとこの100社は16県分しかなかった1946年の厚生省名簿の600余りの企業のうち現在も存在している約100社についてのみ問い合わせたとのことだ。しかし竹内康人氏が各種文献にあたって作成した強制労働現場一覧表http://www16.ocn.ne.jp/~pacohama/sensosekinin/flaber0506.html では2,679ヵ所にものぼっているのである。

 また日本政府は今回、韓国政府の要請を受けて遺骨返還について応じる姿勢を示している。6月20日に総務省自治行政局国際室長名で都道府県総務担当部局長および指定都市総務担当局長宛てに「朝鮮半島出身の旧民間徴用者の遺骨について」という情報提供依頼がだされている。@遺骨の所在地A遺骨を管理する組織の名称・所在地・連絡先B遺骨の状況C氏名を含む身元の判明の有無Dその他関連事項について810日までの情報提供を呼びかけている。「なお、この季刊を経過した回答につきましても随時受け付けております」との但し書きもついている。

 本来であれば例えば日本政府が先の厚生省名簿に掲載されている死亡者名簿を提示して地方自治体からの情報を積極的に収集することも必要なことだと思う。また本人ないし遺族以外には開示しない厚生年金および供託金に関する名簿には、強制連行された朝鮮人の死亡に関すて記述されていることが確実であるが、日本政府がその記述を地方自治体等に提示して徴用者実態調査や遺骨調査をすることが必要なことであり、報告すべき韓国政府に対する誠実な態度であろうと思う。

 戦後60年を経過した今年、朝鮮人強制連行に関することがらがまだこの程度しか分かっていないのかという事実に、私自身は大きな反省をもつ。しかし、この事実の上に真相究明の努力を積み重ねていく以外に方法がないのである。

 

(※前号の飛田レポート「韓国強制動員真相究明法、その後」6頁で、「Q1の名簿はいわゆる厚生省名簿である」は間違いです。厚生省名簿と供託金名簿は別のものです。訂正します。)■

 

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