むくげ通信210号(2005年5月28日発行)
※印刷した通信では真相究明法の最終でない法案を引用していました。
本ホームページではその部分を訂正しています。ご注意ください。

 

韓国強制動員真相究明法、その後  飛田雄一

 ●はじめに

 昨年2月韓国で強制動員真相究明法が成立した。本法に基づき具体的な作業が、大統領直属の強制動員真相究明委員会によって開始されており、すでに被害者等からの申請が10万件をこえている。(512日現在の強制動員被害申告の総数は128,662件で、内訳は以下のとおり、軍人21,973、軍属17,001、「慰安婦」225、労務者等89,463、また動員先別では、国外113,654、国内15,008

 いうまでもなくこの「強制動員」は、日本がアジア・太平洋戦争の時期を中心として朝鮮人を労働者、軍人軍属、「慰安婦」等として強制動員したことをさしている。当然その真相究明のためには日本での調査も必要であるが、これまでこのような調査に非協力的であった日本政府も韓国政府の正式な協力要請を受けて、応じる姿勢を示さざるを得ない状況に追い込まれている。最近の新聞記事でも、遺骨調査、寺・会社の調査が日本政府によって始められたことが伝えられている。右新聞記事(2005.5.5朝日新聞)のように報道されている。

朝日新聞2005.5.5

 

 ここでは強制動員真相究明法の内容を紹介し、今後の課題について考えてみたい。(法案をはじめ韓国新聞報道の提供・翻訳は、強制動員真相究明ネットワーク事務局長・福留範昭氏の翻訳による。)

●特別法成立の背景と経過

 「日帝強占下強制動員被害真相糾明等に関する特別法」(以下「特別法」)は、20011012日、68名の議員による議員立法として発議された。その後審議が充分に進まなかったが、2003117日、国会本会議で「過去事真相究明特別委員会」の構成決議案が通過したことを契機として、この特別法案をはじめ、「東学農民革命軍の名誉回復に関する特別法」、「韓国戦争前後民間人犠牲事件真相究明および名誉回復特別法」、「日帝強占下親日反民族行為真相究明特別法」の4過去事関連法案が本格的に審議されはじめた。

 同年1120日には、真相究明法案と関連して公聴会が行われ、そこで特別法推進委執行委員長崔鳳泰(チェ・ボンテ)弁護士、調査研究室長鄭惠瓊(チョン・ヘギョン)博士が特別法の必要性に関して主張した。1210日には一部が修正され、1216日、法制司法委員会に回付された。そして1226日には法制司法委全体会議で審議され第2法案審査小委に回付された。しかし小委委員長が以後の日程を組まなかったため、翌200415日、被害者たちは小委委員長事務室前で座り込み闘争を行った。

 このような経過をへてようやく昨年213日、臨時国会本会議で特別法案が国会を通過したのである。(運動を進めてきた特別法制定推進委員会(強制動員真相究明市民連帯)については、URL : http://www.truelaw.net/、政府の日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会については、http://www.gangje.go.kr/を参照いただきたい。また韓国国家記録院の次のホームページで非強制連行者名簿の検索・照会ができる。

http://www.archives.go.kr/gars/search/iljae_intro.asp

●日帝強占下強制動員被害真相糾明に関する特別法、その内容

 特別法は、全30条よりなる法律で、目的は「この法は日帝強占下強制動員被害の真相を糾明して、歴史の真実を明らかにすることを目的とする」(第1条)とされている。

 次に第2条「定義」では、それぞれの用語が以下のように定められている。

  1.「日帝強占下強制動員被害」とは、満州事変から太平洋戦争に至る時期に日帝に依って強制動員された軍人・軍属・労務者・軍慰安婦等の生活を強要された者が被った生命・人体・財産等の被害を言う。

  2.「犠牲者」とは、日帝強占下強制労働に因って死亡したり行方不明になった者あるいは後遺障害が残っている者で、第3条2項第4号の規定に依り、日帝強占下強制動員被害犠牲者と決定された者を言う。

  3.「遺族」とは、犠牲者の配偶者(事実上の配偶者を含む)及び直系の尊・卑属を言う。ただし、配偶者及び尊・卑属がいない場合には兄弟姉妹を言う。

 特別法の対象とする時期は、一般的に強制連行が始まったとされる1939年(狭義には1941年の官斡旋から、更に狭義には1944年の徴用以降)となせずに、満州事変(1931年)以降としている。これは「慰安婦」に関しては1939年以前に連れて行かれた例があるのでその方々を含むようにするためだと考えられる。

 真相究明のために政府の機関として委員会が作られることになるが、第3条で「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」の設置およびその仕事について定められている。

@日帝強占下強制動員被害の真相を糾明し、この法に依る犠牲者及び遺族の審査・決定等に関する事項を審議・議決するために、国務総理所属下に日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会を置く。

A委員会は、次の各号の事項を審議・議決する。

 1.日帝強占下強制動員被害真相調査に関する事項/2.日帝強占下強制動員被害と関連する国内外の資料の収集と分析及び真相調査報告書作成に関する事項/3.遺骨発掘及び収集に関する事項/4.犠牲者及び遺族の審査・決定に関する事項/5.史料館、慰霊空間造成に関する事項/6.この法で定めている戸籍登載に関する事項/7.その他、真相糾明のための大統領令が定める事項。

 

 ここでは当然のことであるが、2で「国内外」と日本等での調査が対象とされていることに注目しなければならない。また、6の「戸籍登載」というのは奇異な感じがするが、未だに行方不明のまま戸籍が閉鎖されていない、あるいは死亡の日時が間違っているケースが多数あること等を考慮して調査の結果分かったことを戸籍に登載するということが記されているのである。

 以下、第4条(委員会の構成)、第5条 (委員の職務上の独立と身分保障)、第6条 (委員の欠格事由)、第7条(議決定足数)、第8条(事務局の設置)、第9条 (職員の身分保障)、第10 (委員会の運営等)、第11 (日帝強占下強制動員被害真相糾明実務委員会)、第12 (真相調査の申請及び被害申告)、第13 (申請の却下)については省略する。

 第14条では「真相調査の開始」について、「@委員会は真相調査の申請が、第14条第1項で定めた却下事由に該当しない場合には、調査開始決定をし、遅滞なくその内容に関する必要な調査をしなければならない。A委員会は日帝強占下強制動員被害が発生したと認めうるに足る相当の根拠があり、真相調査が必要だと判断される時には、職権で必要な調査をすることができる」とある。

 そして「真相調査の方法」について第15条に次のように書かれている。

 @委員会は調査の遂行において、次の各号の措置をとることができる。

1.犠牲者及びその親族その他の関係人に対する陳述書の提出要求/2.犠牲者及びその親族その他の関係人に対する出席要求及び陳述聴取 3.犠牲者及びその親族その他の関係人、関係機関、関係施設、団体等についての関係資料あるいは物件の提出要求/4.日帝強占下強制動員被害が発生した場所等に関する実地調査/5.鑑定人の指定及び鑑定依頼

 A委員会は必要であると認める時には、委員あるいは所属職員をして第1項各号の措置をさせることができる。

 B第1項第3号の規定に依って関連資料あるいは物件の提出を要求された関係機関等は、大統領令が定める特別な事由がない限り、これに応じなければならない。

 C関係機関あるいは団体は日帝強占下強制動員被害関連資料の発掘及び閲覧のために必要な便宜を提供しなければならない。

 D第2項の場合、当該委員あるいは所属職員はその権限を表示する証票を所持し、これを関係人等に提示しなければならない。

 E第1項第3号の規定に拠り出席要求を受けた関係機関の長は、その資料が外国に保管されている場合には、該当国家の政府と誠実に交渉しなければならず、その処理結果を委員会に通報しなければならない。

F委員会は関係機関を通して、外国の公共機関が保管している資料に関し、該当国家の政府に対しその公開を要求することができる。

 

 「応じなければならない」という表現が見られるように一定の権限を委員会に与えている。Fでは、外国の機関の所有する資料に対する記述が見られる。もちろんその一番の相手国は日本である。

 委員会の調査が膨大な規模となることは必至であるが、調査の期間については、第16条に次のように定められている。

@委員会は最初の真相調査開始決定日以後、2年以内に日帝の強制動員被害についての調査を完了しなければならない。

A委員会は第1項で定めた期間内に調査を完了することが難しい場合には、期間満了3カ月前に大統領にその事由を報告して、6カ月の範囲内でその期間を延長することができる。 ただし、上の期間延長は2回を超えることはできない。

 すなわち、基本的に2年間であと6ヶ月を2回延長することができることになっているので、合計3年間である。

 そして調査したのち委員会は「@委員会は当該被害についての調査を完了した時には、次の各号の内容を決定しなければならない。/1.日帝の強制動員被害であるかの当否/2.当該被害の原因、背景/3.犠牲者及び遺族 A前項の決定をなす場合、遅滞なく申請人に結果を通知しなければならない。B第1項の決定をした後、必要な場合、被害の真相等について公表し大統領と国会に報告することができる」と決められている。(第17条)

 以下、第18 (委員等の保護)、第19 (真相調査報告書作成)、第20 (委員会の責任免除)、第21 (慰霊事業の支援)、第22(戸籍登載)、第23 (秘密遵守の義務)、第24 (不利益の禁止)、第25 (委員会と他の機関の協力)、第26 (公務員等の派遣)、第27 (類似名称作用の禁止)、第28 (罰則)、第29 (罰則)、第30 (過料)については省略する。

●調査活動の進展/韓国の新聞報道

 申請件数が徐々に増えていることはすでに述べたが韓国連合ニュース(2005-04-18)によれば「日帝強制動員犠牲・被害者9名初決定」とある。委員会が決定した犠牲者及び被害者は9名で、軍人・軍属として強制動員された犠牲者5名、労務者として強制動員された犠牲者3名および生存者1名である。その中のなどだ。パク・ホンテさんは、1944年強制動員されて軍人として勤務中に、同年1219日中国安徽省[]で爆弾の破片によって死亡し、イ・ウィジュさんは、南洋群島の海軍軍属として強制動員中の1944131日に死亡した。またウォン・クァンウィさんは、1939年京幾道平沢から強制動員され、日本北海道弥生炭鉱で労務者として勤務する中、坑内ガス爆発事故で1941422日死亡したという。

 

●日本の国会での論議

 韓国強制動員真相究明委員会に対して日本政府の対応は充分なものではないが、未払い金関連のやり取りについて紹介しておきたい。

 昨年122日、社民党の福島みずほ氏が「朝鮮人労務者等に対する未払金その他の取扱いに関する質問主意書」を参議院議長扇千景に提出している。国会議員の質問は国会法第七十四条によるもので、一般人の質問と異なり関係機関が必ず答えなれければならないものであるらしい。

 http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/161/syuh/s161022.htm でその質問主意書をまた答弁は

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/161/touh/t161022.htm で読むことができる。

 質問の表題は「朝鮮人労務者等に対する未払金その他の取扱いに関する質問主意書」。

 「来年(2005年)は、第二次世界大戦が終結して六十年目を迎える。戦争を生き延びた世代は、既に多くが死亡し、又は相当の高齢を迎えていることをかんがみれば、隣国である韓国の例を待つまでもなく、我が国が、戦後補償問題に誠意をもって対処できる最後の節目の年になると思われる。アジア諸国との新たな段階の関係を構築し、その平和と繁栄が実現された未来をつくるためには、過去の事実に目をつむることはできない。過去の歴史の事実に真摯に向き合い、最大限の誠意をもって戦後補償問題の解決を成し遂げることは、我が国の未来に対する政治の責任であると考える」として韓国の特別法制定をうけての質問である。以下、質問と回答の要旨を紹介する。

Q1、朝鮮人労務者等の未払金供託に関して

Q1−1 194610.12厚生省労政局長通達「朝鮮人労務者等に対する未払金その他に関する件」によれば、「事業主は供託を完了したときは、供託書の番号、供託年月日、供託所名、受取人の氏名、本籍地、雇傭及び解雇の時期、解雇の理由、未払金の内訳等を記載した報告書三部を地方長官に提出すること」を定めているが、この報告書三部はそれぞれ、どの省庁が管理・保管することになっていたか。

答 事業主が「報告書三部を地方長官に提出すること」及び「報告書の写二部宛を一括して」地方長官が厚生省労政局長に送付する旨が示されており、当時の地方長官又は厚生省が管理・保管することとなっていたのではないかと考えている。

Q1−2 報告書の現在の所在と、残存する報告書の件数を明らかにされたい。報告書の所在が現在明らかではない場合、全省庁にわたって、その所在の調査を行うつもりがあるか。

答 (行政の管轄が順次変遷したので)お尋ねの報告書については、1991年および1999年に当時の労働省労働基準局及び都道府県労働基準局において調査を行ったが、発見できず、現時点において全府省にわたる調査を行うことは考えていない。

Q2 1950.2.28付け政令第二十二号「国外居住外国人等に対する債務の弁済のためにする供託の特例に関する政令」(以下「政令第二十二号」という。)による供託替に関して

Q2−1 第七条において、「この政令の規定により供託された供託物に対する還付請求権の消滅時効は、民法第百六十七条一項の規定に関わらず、政令をもつて定める日まで完成しない。」と定めている。また、附則第二項では、政令第二十二号施行以前に供託された国外居住外国人の供託物について、供託者は主務大臣の認定を受けて、東京法務局に保管替することを請求できると定められている。当時の労働省は、政令第二十二号制定後、1946.10.12付け厚生省労政局長通達「朝鮮人労務者等に対する未払金その他に関する件」に基づく供託を供託者に供託替するよう指示したのか。指示しなかったのであれば、供託者たる事業主にどのように取り扱うよう指示したのか。

答 1991年および1999年に当時の労働省労働基準局及び都道府県労働基準局において、朝鮮人労務者等に対する未払賃金等に関する資料を調査したが、国外居住外国人等に対する債務の弁済のためにする供託の特例に関する政令(昭和二十五年政令第二十二号。以下「特例政令」という。)が制定された後、当時の労働省が、局長通達に基づく「供託を供託者に供託替するよう指示」した事実を含め供託者たる事業主に対して局長通達に基づく供託の取扱いについて指示した事実については、確認できなかった。

Q2−2 政令第二十二号による供託物及び関係資料は、現在も東京法務局において保存されているのか。

答 特例政令第三条第二項の規定により債務の履行地は、供託に関しては、東京都千代田区と定められていることから、管轄する供託所は東京法務局となり、供託に係る供託書副本等は同局において保管されている。なお、供託物は、特例政令第八条第一項の規定により日本銀行において保管されている。

Q2−3 供託書に明細書三通を添付し、そのうち二通を遅滞なく日本銀行に送付しなくてはならないとされているが、この明細書は現在も日本銀行で保管されているのか。保管されているのであれば、国別に件数、総額を明らかにされたい。

答 明細書は、供託所から日本銀行に送付されているが、当該明細書のすべてを調査、整理し、被供託者の国籍別に集計するなどの作業は膨大なものとなるため、お尋ねについてお答えすることは困難である。

Q2−4 現在、日本銀行で保管されている167,791,400円の供託金と47,355,600円の有価証券(2004.9.30現在)の供託金等について、政府は、今後どのように処理する方針か、明らかにされたい。

答 供託物については、現時点において、特段の措置を採ることは考えておらず、その保管を継続することとしている。

 Q1の名簿はいわゆる厚生省名簿というもので19905月韓国ノテウ大統領が訪日時、日本政府に強制連行関係の名簿づくりについて協力要請したことに答えて同年87日、日本政府が発表したものである。(厚生省名簿については、兵庫朝鮮関係研究会『在日朝鮮人90年の軌跡』所収、金英達論文「1946年『厚生省名簿』が日の目をみる」参照。)答弁では、その名簿が一部発見され韓国政府に引き渡されたこととの関連が全く触れられていない。(※この部分は飛田の間違いです。質問している名簿の供託金名簿で厚生省名簿とは別のものです。20005.7.31飛田)

●今度の課題

 最初に書いたように韓国の特別法制定以降、強制連行問題が再び注目されている中で、私たちは最後のチャンスともいうべき戦後60年のこの年に、活動しなければならいない。

 韓国強制動員真相究明委員会の活動を支え日本でその活動に協力していくためのネットワークを立ち上げることになった。(共同代表は、内海愛子、上杉聡、飛田雄一の3名。事務局長は、福留範昭(E-mail : kyumei@nifty.com 、Tel/Fax0927323483)事務局連絡先は、〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1 神戸学生青年センター)718日に東京韓国YMCAで結成総会を開く。注目と協力をお願いしたい。

 以下その呼びかけ文の一部である。

■強制動員真相究明ネットワーク・呼びかけ人文(抜粋)

「真相究明ネット」は、まず「真相究明委員会」の日本での調査や資料および遺骨収集を支援する活動から始めたいと思います。また、多くの方々にネットに参加していただくことで、更に次のような活動をすること、あるいは活動の推進に寄与することを目指しています。

@日本政府に、政府および公的機関、そして企業の保有する強制動員関係の資料の提示を促進することを求める活動をする。A日本における強制動員の真相究明のための活動を通し、日本の世論が強制動員問題に関心を向けるようにする。B韓国で構成される被害者団体を含む「市民ネット」と連帯し、交流や可能な行事を行う。C日本における真相究明法である「恒久平和調査局設置法案」の制定運動に協力する。Dネットワークで集約された資料を保管・展示する空間を作る。

 私たちはできることから始めようと思います。今この時期を失せば、真相究明は極めて困難になります。被害者や証言者のほとんどが、そして調査・研究に関わってきた多くの方々が高齢だからです。上記の諸活動の推進は、「真相究明ネット」への皆様の協力なしには成り立たちません。

 皆様、是非「強制動員真相究明ネットワーク」に参加して下さい。そして、日本、東アジアの平和で心豊かな未来を作ることに関与して行きましょう。

むくげ通信総目録むくげの会