「むくげ通信」1997年3月号

●書評●

鄭 鴻 永

歌劇の町のもうひとつの歴史 −宝塚と朝鮮人−

  著者の鄭鴻永さんは、1929年朝鮮慶尚北道尚州郡生れの在日朝鮮人で、宝塚市に在住し、西宮市甲子園で焼肉屋を経営されている。西宮市甲陽園には、「朝鮮國獨立」「緑の春」の落書きが残る強制連行地下工場跡が有名だが、その発見者でもある。

 鄭さんは、『米国戦略爆撃調査団報告書』の川西航空機の項をそれ以前に調らべられており、その地域の宅地造成が始ったことを聞きつけて現地に出向き発見したものである。けっして偶然ではない。

 兵庫県下の在日朝鮮人の歴史の掘り起こし作業を続けている兵庫朝鮮関係研究会の唯一の在日一世のメンバーである。兵朝研は、調査活動の成果を『兵庫と朝鮮人』(1985年、ツツジ印刷)、『鉱山と朝鮮人強制連行』(86年)、『地下工場と朝鮮人強制連行』(90年、以上明石書店)、『在日朝鮮人90年の軌跡−続・兵庫と朝鮮人』(93年、学生センター出版部)として発表しているが、鄭さんもそのなかにいくつかの論文を発表している。

 本書は鄭さんが、まさに足で稼いでつくった本である。第1部「埋もれた足跡をたどって」は宝塚市をフィールドとした調査の記録で、以下の12の文章が収められている。

 

@西谷の山にねむる朝鮮人たち

Aある朝鮮人部落のルーツをたずねて

B武庫川・逆瀬川改修工事と四工場

C朝鮮へ行った山本の植木

D尼宝線建設工事と小浜村の朝鮮人

E皇民化政策と宝塚協和会

F良元村の二人の朝鮮人村会議員

G宝塚空襲と川西航空機

H旧西谷村役場に残る朝鮮人調査書類

I宝塚の4・24阪神教育闘争と民族教育

J人災だった西田川部落の水害

K宝塚の朝鮮寺

 

 @は、神戸市の上水道のために千刈貯水池から西宮上ヶ原浄水場までひかれた隧道工事に関わった朝鮮人を調査したものだ。1985年に鄭さんが宝塚市史編纂室で見た3名の朝鮮人の埋葬認許書が発端となっている。その後、現地調査、関係者からの聞き取り、新聞記事の調査などから徐々に神戸隧道と朝鮮人の関わりが明らかになってくるのである。神戸に生れ育った私にはとりわけ興味深いテーマである。

 Aは、現在のJR福地山線の敷設および改修工事と朝鮮人の記録だが、これも武庫川沿いの朝鮮人部落を調査していく過程で鉄道工事に行きつき丹念なフィールドワークののちにダイナマイト事故で朝鮮人労働者が死亡した場所をほぼ突き止めるまでにいたったのである。1929年3月26日の事故であるが64年目の1993年に簡単な追悼行事をしてから毎年有志による行事が行なわれている。

 あとは、目次から内容を推察していただきたいが、この第1部の読みやすさは、鄭さんが自分の調査の過程をそのまま文書化していることにある。1910年代からの歴史を糸を少しづつ解きほぐす過程がそのまま伝わってくる。

 第2部「故郷遠く宝塚に生きて(聞き書き)」は、15名の70歳以上の在日朝鮮人一世からの聞き書きである。聞き取りはおもに朝鮮語でおこなわれたが、その内5名はすで他界されているという。在日朝鮮人一世の歩みが丁寧に記録されているが、鄭さんの築いた人間関係がこのような聞き書きを可能にしたのだと思う。

 第3部は「資料編」で、宝塚の朝鮮人関係略年表と30篇の関連新聞記事が収録されている。「歌劇王国に咲いた朝鮮の二少女」という1926年9月9日の大阪毎日新聞の記事もある。

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 金秀吉監督の映画「アース」のなかで、ゴミとして出された消化器によって事故にあった清掃作業員が主人公の青年に次のような台詞を言ったのを私は覚えている。「世の中には人を繋ぐ人と引き裂く人がいる」

 鄭さんはまさにその、「人を繋ぐ人」ではないか思う。柔和は人柄もさることながら、若い人たちの調査活動には、労力を惜しまずに助力し、1990年から始った「強制連行全国交流集会」はその仕掛け人のひとりであり現在その世話人もされている。

 第4回交流集会が松代であったとき、兵庫グループは集会後、長野県里山辺の地下工場跡を訪ねた。私たちは本を頼りに現地を探したが、鄭さんはそれらしいトンネルの入口を見つけると軽やかに崖を登っていった。決してスマートな体つきではない鄭さんの、懐中電燈にリックのトンネルスタイルが印象に残っている。

 鄭さんの作風は、仲間をつくって仲間とともにやる、ではないかと思う。その作風のお陰で、私は本書に出てくるいくつかの現場の他にも、兵庫県下の地下工場跡、あるいは他府県にも同行させていただいた。

 全国各地で地道に朝鮮人の歴史を掘り起こしている人々がおり、その成果が発表されるようになってきている。この流れは決して「強制連行ブーム」などではない。今回、鄭鴻永さんの研究成果が結実したことは、その流れにまた貴重な一冊が加わったこととして喜びたい。

【神戸学生青年センター出版部刊、A5判、265頁、1854円。書店で注文の際は、“地方小出版流通センター扱い”の本として注文。直送希望の方は、送料とも2110円を、郵便振替<01160-6-1083 財団法人神戸学生青年センター>へ。】

(飛田 雄一)

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