『むくげ通信』150号(1995年5月)
続・阪神大震災と外国人
−災害弔慰金支払い問題を中心に−
飛田 雄一
阪神大震災から四ヵ月が過ぎた。神戸学生青年センター付近は「震度7」地帯からは北に数百メートルずれているが、倒壊家屋の撤去がすんで更地が目立つようになった。激震地のJR線路沿いでは町の様子が一変し、以前の町並みが想像できないようなところもある。
神戸学生青年センターが震災後行なっていた被災留学生・就学生に対する支援活動も、宿泊していた留学生が四月二四日には新しい寮に引っ越しをして一段落した。三月末まで家が全壊・半壊した留学生・就学生に支給していた生活一時金三万円の支給も、予想を上回る七六七人(二三〇一万円)に達したが、送られてきた募金も予想を上回り、宿泊した留学生・就学生の生活費にも充当できるようになった。この世の中捨てたものではない、というのが感想である。支援下さった方々に感謝したいと思う。
去る五月二七日には、学生センターを含めて今回、留学生・就学生の支援活動に携わった一五団体の合同報告集会「阪神大震災と留学生・就学生−被災の実態、そして救援のために何ができ、何ができなかったか−」を開催した。各団体がB5一枚の報告書を作成してそれに基づいて発表した後、これからの課題について話し合った。関連する統計等も収録した報告集会の資料集(B4、19枚)ができているので、必要な方は80円切手を8枚(送料共)を飛田までお送り下されば折り返し発送します。
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前号で私は、「阪神大震災と外国人−オーバーステイの外国人の治療費・弔慰金をめぐって−」を書いた。その後も神戸学生青年センターも参加している阪神大震災地元NGO救援連絡会議外国人救援ネットが、兵庫県、神戸市との交渉を継続している。また去る五月一〇日には、三月二〇日の厚生省との交渉に引き続き、今度は小里地震担当大臣と交渉した。まだ解決の糸口が見出せない状況のもとで外国人救援ネットでは、治療費に関して災害救助法での支払いという原則を主張しつつ一方で、「肩代わり基金」の募金活動を開始しようとしている。震災で傷ついた外国人の中には、高額の治療費ゆえに入院・通院できない外国人がいることが一番の問題であると考えるからである。
本稿では、前号の続編として弔慰金の問題を中心に書いてみたいと思う。まず、治療費および弔慰金の問題について、小里地震担当大臣に外国人救援ネットが提出した要望書がその要点を整理しているので、最初に引用しておくことにする。
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一、医療費に関して
今回の震災で多くの人が被災しましたが、そのなかで別紙のように重傷を負って高額の医療費を請求されている外国人の事例があります。私たちは、震災の犠牲者には国籍あるいは在留資格の種類・有無にかかわりなく救済されなければならないと考えています。
災害救助法は、災害時に実施すべき救援活動の中に医療をあげ、災害によって医療機関が機能しないことなどで医療のみちを閉ざされたものに対し、救護班を通して行うとしています。多くの事例は、救護班が設置される前に病院に搬送されているような状況ですが、いずれも救護班を通して医療活動を行ったものに準じ災害救助法に基づいて医療費の支払いをすべきであると考えます。
健康保険加入者に対しては医療費の本人負担分が免除されることになっていますが、保険未加入者についても同じように救済されなければなりません。1年以上のビザ取得が条件となっている国民健康保険に加入できない短期滞在者、超過滞在者等への災害救助法による医療費の支払いを要望します。
二、弔慰金に関して
今回の震災で多くの方が亡くなられましたが、私たちは亡くなられた全ての人の遺族に差別なく弔慰金が支払われなければならないと思います。しかし井手厚生大臣は、超過滞在者への支給は難しいとの答弁を行っています。超過滞在の外国人死亡者は、外国人地震情報センターの調べでは別紙のように少なくとも2名おり、いずれも遺族は日本に居住しています。
厚生省は、災害弔慰金の支給等に関する法律の住民の遺族に支給するという「住民」を狭く解釈し、短期滞在者および超過滞在に弔慰金を支払わないとしています。この解釈によれば、別紙新聞記事のような留学生の夫を訪ねて来て死亡した妻にも弔慰金が支払われないことになります。当時、阪神・淡路地域を訪ねていて死亡した日本人にも弔慰金が支払われないことになるのでしょうか。
私たちは、外国人の在留資格の種類・有無にかかわりなく、震災で亡くなられた方の遺族に弔慰金を支給されるよう要望します。
(※別表および新聞記事は前号にほぼ収録しているので省略。)
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災害弔慰金は、「災害弔慰金等の支払いに関する法律」(一九七三年法律第八二号)に基づき支払われるもので、生計維持者の場合は五〇〇万円その他の場合は二五〇万円が支払われる。支払う機関は市町村で、それぞれが条例をつくりそれによって支払いが行なわれる。弔慰金の支払いは国の機関委任事務であるが、そのなかでも「団体委任事務」とかいわれているもので、地方自治体の判断が重視される建前になっているようだ。厚生省社会援護局も、「弔慰金支給を含め自治体がどのような形で遺族に対して弔慰を表するかはあくまでも自治体おのおのの判断」(神戸新聞 1月25日)によるとコメントしている。
ところが厚生省は、同法三条の「住民の遺族」に対して支払うという条項を盾に外国人のなかでも短期滞在者、オーバーステイの者には支払わないという立場をとり、その解釈を自治体に押しつけている。誰がその自治体の住民であるかを決めるのは自治体であるはずだが、厚生省が干渉していることになる。厚生省社会局施設課監修の『災害弔慰金等関係法令通知集平成三年版』(第一法規)の問答編には、次のものは本法上の「住民」と解せられるかという問いをたてて、出稼ぎ者、住民登録をしていないもの、旅行者、外国人、住所不定者について解説している。
そこには、「住民とは、その市町村の区域内に住所を有するものであり、住所とは各人の『生活の本拠』を指すものであるから、災害弔慰金を支給できるかどうかは、生活の本拠があるかどうかで判断されるべきである」とある。そして「必ずしも住民登録をしてある土地と住所が同一でなくてもよい」とし、出稼ぎ者も住民であるとしている。また国籍要件はないとしており、必ずしも外国人登録の住所と合致していなくても支給されることになっている。しかし、旅行者、住所不定者については住民とは解せられないので支給できないとのことだ。
また、この設問の最後に「なお、死亡者が災害地の住民でない場合には、その者の住所地の都道府県および市区町村に対して直ちに連絡されたい」とある。これは、例えば横浜から神戸に旅行で来ていて今回の震災で亡くなられた人は、神戸市の住民でなく横浜市の住民なので横浜市が弔慰金を支払うことになるという意味である。住民登録あるいは外国人登録を日本国内のどこかでしている人には、弔慰金が支払われることになる。逆に、前回紹介した日本語学校に通う夫に会うために韓国から短期ビザで地震の四日前に来日し、一月一七日に亡くなられた方には支払われないということになる。「住民」であるか否かだけが問題となっているが、横浜からきた人には支払われ、ソウルからきた人には支払われないというのは、明らかに内外人平等の原則を逸脱している。
一九九〇年一一月、約二〇〇年ぶりに噴火した雲仙普賢岳において、その後の火砕流等で四三名の命が奪われたことを記憶されていると思う。私は今回の事態で初めて知ることになったが、その時の弔慰金の扱いが、今回の扱いにおおいに関係しているのである。当時亡くなられた方のなかに数名の外国人の地震研究者もいて、基本的には弔慰金が支払われたが、短期ビザで来日中のスイス人の研究者だけに弔慰金が支給されなかったというのである。
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神戸では、震災で亡くなられたオーバーステイのペルー人について、救援運動に携わっているカトリック教会の関係者によって弔慰金の申請がなされた。彼は、昨年一〇月一八日、九〇日のビザで来日したので、地震の前日一月一六日にビザが切れた。すなわち五時間四六分のオーバーステイである。
オーバーステイの外国人に対する弔慰金の支給については、国会答弁の中でも、例えば二月七日の衆議院外務委員会で東祥三議員の質問に「ビザが切れたというような方でも、ケース・バイ・ケースで、そこに生活の本拠があるというふうにみとめられるような場合には当然支給されるというふうに理解しております」(中山和之厚生省社会援護局企画課長)と答えているときもある。また、一方では「入国管理政策との整合性もございますので災害弔慰金を支給することは困難と考えています」( 2月21日)という、交通違反をしたから弔慰金を払わないという「論理」の答弁もあるが、オーバーステイであっても明らかに生活の本拠が神戸にあれば支給されるべきものであろう。
この件に関して神戸市民生局が厚生省に問い合わせたところ、四月二四日に回答がきた。その回答は、オーバーステイを問題とせずに、短期ビザで来日していることから「住民とは言えず」弔慰金の支払いはできないというものである。私は、オーバーステイを問題として支払いを拒否してくるのかと考えていたので意外だった。そのペルー人が地震当日にビザ更新の手続きをする予定であったという事情もあるかもしれない。あるいは厚生省が、一月一六日が日本国の勝手な理由による休日(成人の日の振替休日)だったので事務手続きとしてはビザが一日延長されることになる(?)ことを知っていたから、住民でないことを唯一の理由としているのかもしれない。いずれにしても、短期滞在およびオーバーステイ外国人に対する弔慰金支払いを巡る問題は今後「住民」問題にしぼられることになる。
小里地震担当大臣も「自治体の判断」が優先されることを何度も強調していたが、厚生省は神戸市等に「有権解釈」を押しつけることなく各自治体が弔慰金を独自の判断で支給できるようにしてほしいし、自治体は内外人平等の原則を踏まえて差別のないように全ての犠牲者に弔慰金を支給してほしいと思う。
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先に紹介した『通知集』には、「災害弔慰金‥‥に関し、条例で法律と異なる条件を設けることは可能か」という問答もある。その回答は、法律で定められた以上の弔慰金の支給を条例で定めてもよく、法律以上の金額分は自治体が独自予算で支給したらいいとある。今回のペルー人の弔慰金支給に関して、あるいは韓国から短期ビザで来日した韓国人に関して、神戸市は国際都市の名に恥じないように独自の判断で支給を決定していただきたいと考えている。現行の条例で支給ができないというのであれば、新たな弔慰金に関する条例を制定してでも平等な支払いを実現してほしいと思う。
地元NGO救援連絡会議外国人救援ネットでは、引き続き被災外国人の救援活動にとりくんでいくが、入院・通院の必要な外国人が、高額な治療費ゆえに重大な事態に陥るというようなことが起らないように二〇〇〇万円の「肩代わり基金」の募集を始めることになっている。これに対してもご協力をお願いしたい。
(送金先 郵便振替 01100−2−60701 外国人救援ネット) (95年5月27日 ひだ ゆういち)
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