『むくげ通信』148/149合併号(1995年3月)
阪神大震災と外国人
−オーバーステイ外国人の治療費、弔慰金をめぐって−
飛 田 雄 一
今回の大震災は、多くの人に多大な被害をもたらした。この地域に住む外国人も同じように被害を受けたこ。彼らも等しく被害を受けたものとして、日本人と差別されるようなことがあってはならないのは、当然のことである。
神戸学生青年センターでは留学生・就学生の支援活動を行っているが、一方で「阪神大震災地元NGO救援連絡会議」のメンバーとしても活動している。その救援連絡会議の分科会の一つとして外国人救援ネットがあり、そこが中心となって今回の震災で被害を受けた外国人の救援活動を展開している。そこではオーバーステイの外国人の医療費問題、弔慰金の支払い問題などに取り組んでいる。兵庫県、神戸市あるいは東京での厚生省との交渉なども行っている。
本稿では、これらの活動の過程で問題となっていること、解決されるべき課題について考えてみたいと重う。
クラッシュによる人工透析
今回の震災では重傷患者も多く出ているが、その中にクラッシュ症侯群といわれているのもある。それは長時間、柱などにはさまれたため筋肉に異常をきたし、その部分から毒素が出て腎機能に障害が生じるのである。治療のためには人工透析が必要となるが、それには多くの費用がかかる。後に述べるように健康保険に加入している場合には、今回の震災時においては特別措置が講じられ、一割あるいは三割の本人負担分が免除されるが、保険に加入していない、あるいは加入できない外国人の場合にはその費用の支払いが問題となってくるのである。
外国人も国民健康保険に加入しておくことが望ましいが、費用の問題で加入していない外国人も多い。また、一九九二年四月より厚生省が健康保険加入のための「一年以上の滞在」という条件を厳しく運用することとなったため、加入したくとも加入できない外国人も増えている。例えば六ヵ月のビザを更新して数年間日本で生活している場合でも、向こう一年以上ビザ取得という条件を満たしていないため加入できなくなったのである。その意味では当然であるが、オーバーステイの外国人も加入できない。
そのような状況の中で、例えば次頁の記事のように、神戸市の六甲アイランドの病院から船で和歌山に移送されたペルー人は、人工透析等の治療費約三〇〇万円の支払いができずに誓約書を書いて帰国している。外国人地震情報センターの調べによると、三月一三日現在の「多額の治療費が発生している外国人被災者」として次の事例が報告されている。
@ ペルー人二名/親 子。大阪市と和歌山 市に入院。オーバー ステイ。保険未加入。医療費各約二〇〇万円(未払い)。
A 韓国人一名/八尾 市内の病院を三月二 日に退院。オーバー ステイ。医療費二〇〇万円。
B 中国人一名/大阪 市内で入院後、退院 し帰国。オーバース テイ。保険未加入。 医療費六五万円(未 払い)。その他一名、未払いオーバーステイの中国人(NHK調べ)。
C コスタリカ人一名(アメリカ国籍)/姫路市内に入院。医療費約一〇〇万円(未払い)。滞在資格あり。
このうち@は新聞記事のペルー人のひとりである。
オーバーステイの外国人もこのように緊急医療が必要とされる場合に、治療が受けられるようにされなければならない。もし強制送還の問題が生じるとしてもそれは治療とは別の問題となる。健康を回復してから別個に考えればいいことである。
地元NGO救援連絡会議では、三月三日、とくにオーバーステイの外国人の治療費を災害救助法によって支払うように、外国人被災者救援連絡協議会とともに兵庫県知事に要請した。また、三月二〇日には後に述べる弔慰金の問題も含めて厚生省に申し入れを行っている。
災害救助法と治療費
大きな災害の時には「災害救助法」(昭和22・10・18 法一一八)が適用されることになっている。今回の阪神・淡路大震災では、神戸、阪神、淡路地区などにこの法律が適用されたことはよく知られている。それによって様々な避難所の設置等の施策が行われているのである。
災害救助法の趣旨は、「災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体および国民の協力の下に、応急的に、必要な救助を行い、災害にかかった者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的とする」(第一条)ものだ。そしてその具体的な救助の内容は、同法二三条に次のように書かれている。
一、収容施設(応急仮設住宅を含む)の供与
二、炊出しその他による食品の給与及び飲料水の供給
三、被服、寝具その他生活必需品の給与又は貸与
四、医療及び助産
五、災害にかかった者の救出
六、災害にかかった住居の応急修理
七、生業に必要な資金、器具又は資料の給与又は貸与
八、学用品の給与
九、埋葬
一〇、前各号に規定するものの他、命令で定めるもの
更にこれらの救助の具体的な内容については、「災害救助法による救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償について」(昭和40・ 5・11 厚生省社一六二)で、都道府県知事が定める場合の基準が示されているが、それによると例えば、避難所については七日間にわたって八五〇円の食事が支給されることになっており、行方不明者については三日間の捜索が行われることになっている。
医療については、「診療、薬剤又は治療材料の支給、措置、手術その他の治療及び施術、病院又は診療所への収容、看護」がその対象となっており、費用は、「救護班による場合は、使用した薬剤、治療材料及び破損した医療器具の補修費等の実費とし、病院又は診療所による場合は、国民健康保健の診療報酬の額以内とし、施術者による場合は、協定料金の額以内とすること」と定められている。「国民健康保険の診療報酬の額以内」というのは、保険の対象とならない特別な入れ歯などを除外するというような意味で、それ以上の意味はない。
医療の期間は災害発生の日から一四日以内となっているが、三日間とされている行方不明の捜索も、七日間とされている避難所の開設も現在まで延長されている現状から見ると、当然この一四日間というのも延長されるものであると考えられる。同通知にも「救助の程度、方法及び期間」については、「この基準により難い特別の事情のあるときは、その都度厚生大臣に協議し、特別基準を設定することができる」と定められている。
これらの規定によれば当然、先の事例で示したようなオーバーステイの外国人の治療費も災害救助法によって支払われると考えられるのである。災害救助法によって避難所では一人八五〇円の食料が支給されているわけで、その八五〇円を避難者に請求することはない。同じように医療費についても当の被災者に請求することはないとないと考えられる。もし被災者に治療費を請求するとすればそれは避難所にいる者に一日八五〇円の食事代を請求するのに等しいというのはへ理屈なのだろうか。
兵庫県の回答
三月一四日には、地元NGO救援連絡会議の草地賢一代表に口頭で兵庫県より回答があった。それは次のような内容である。
@ 災害救助法の対象者
対象者は、被災地内にあり、現に救助を必要とする者で、国籍や合法、不法の区別なく適用される。従って、不法滞在者も災害救助法の対象となる。
A 災害救助法の対象となる医療の範囲
厚生省の見解によると、災害救助法の対象となる医療は、救護班またはそこを経由した病院・診療所によって行われたものに限定される。(救護班は、県、市、町、日本赤十字が設置する。)
ただ、具体的なケースによって、法の対象となるかどうかが異なってくると思われる。
@とAの関連がよく分らないが、@は兵庫県の見解で、Aでは厚生省にも気をつかっていることを表しているのだろうか。いずれにしても兵庫県が「不法滞在者も災害救助法の対象となる」と明言していることにこの回答の価値がある。
一方、厚生省は?
三月二〇日には東京の支援グループとともに厚生省に申し入れに行った。ちょうど「地下鉄サリン事件」の日である。私は、前日から新宿に泊っていて、朝九時過ぎに地下鉄丸の内線で参議院議員会館に向った。車内で「爆弾事件のため霞ケ関駅を通過します」というアナウンスがあった。私は、その手前の国会議事堂で降りた。地上にでると消防車、救急車、パトカーがたくさんとまっている。テレビカメラマンに聞くと、毒ガスで死者も出ているとのことだった。一〇時から打ち合せをしたが、地震以来持ち歩いているトランジスターラジオで事件の概要は知ることができた。
一一時半から約一時間、交渉を行った。厚生省側から出席したのは、社会援護局監査指導課生活保護監査官・藤崎誠一、社会援護局課長補佐・佐藤永治、保険局国民健康保険課企画法令係長・朝川知昭、社会援護局保護課救援係長・谷口新吾、社会援護局企画課指導係長・三尾谷和夫、大臣官房政策課・福井芳郎の六名である。われわれは、関西から私を含めて四名、東京から一〇名であった。
厚生省の見解は、災害救助法のよる医療の対象は国籍・在留資格を問わないが、一次応急的な救護班が処理できる範囲に限られるというものであった。その救護班は、三月一七日の当日にすでに岡山の日赤が設置したという(私は、実際に神戸市東灘区に救護班が設置されたのは二〇日のことだと聞いている)。
先に紹介した兵庫県の回答の中にあった厚生省見解=「救護班またはそこを経由した病院・診療所によって行われたものに限定される」が、更に限定的なものとされている。救護班によるものだけで、そこを経由して病院に入院したら健康保険が適用されることになり、災害救助法とは無関係になるという。冷酷にも今回のケースで健康保険に加入していない外国人の医療費を援助する法律は存在しないと言いきったのだ。われわれが、救護班で治療不可能なので病院に移送されたのであり地震後の治療がすべて救護班で行い得なかったことなどを指摘し、保険に加入できない外国人のクラッシュ患者を放置するのかと聞くと、さすがに返答に窮していたが‥‥。
厚生省によると災害救助法の医療費支給は、あくまで医者の役務提供および薬等の現物支給によるもので、お金の支払いは発生しないとのことだ。今回の震災で一般の被保険者の本人負担分が免除されているが、それは国民健康保険(三割自己負担)が国民健康保険法四三条三項一号および四三条の八第一項の規定により、社会保険(一割自己負担)が「阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」二五条によるもので、災害救助法によるものではないとのことだ。
今回の交渉における厚生省の態度は、災害救助法の精神を狭く解釈し、実際に起こっている問題に目をそむけている。災害救助法の適用に関しては国から地方自治体への「機関委任事務」となっており厚生省の指導が強いとも考えられる。しかし建前は都道府県知事の判断に委ねられるものとなっている。先の兵庫県の回答の延長線上にオーバーステイの外国人の治療費の問題が解決されるように努力を続けたいと考えている。
弔慰金の支払いをめぐって
もうひとつ今回震災と外国人の問題に関連することに弔慰金問題がある。弔慰金は、「災害弔慰金の支払等に関する法律」によって支払われるもので、世帯主の場合に五〇〇万円、それ以外の場合に二五〇万円となっている。神戸市等ではすでにその受付けが始っている。この弔慰金についても国籍、在留資格に拘らず支給される必要がある。現在、オーバーステイの外国人のうち少なくとも次の二名が確認されてるが、ひとりは神戸市東灘区で死亡したペルー人で、短期滞在で来日し地震の前日にビザが切れた人、もうひとりは中国人で、神戸市中央区で死亡している。
また、上の新聞記事のように神戸YMCA学院で日本語を勉強していた韓国人の奥さんが来日中に死亡している。
同法三条には、「市町村は条令の定めるところにより、政令で定める災害により死亡した住民の遺族に対し、災害弔慰金の支給を行うことができる」とある。オーバーステイの外国人にたいしても日本赤十字社関係の義援金(一〇万円)、兵庫県の全壊一〇万円、半壊五万円の援護金および神戸市が支払う見舞金(全壊四万円、半壊二万円)が支払われることになっていることからも、弔慰金についても支払われるものであると思う。
今年二月八日に開かれた参議院予算委員会集中審議において井手厚生大臣は次のように発言している。
「国籍要件はございませんから、永住外国人はもちろん、企業の駐在人や、留学生の皆さんも、一般的に国内に住所を有しているとみられるため、災害弔慰金の対象にはなります。しかしながら、不法滞在外国人につきましては、適法に日本国内に住所を有しているとは認めがたく、またほかの給付との整合性もあります。だいたい、どなたにお支払いしていいのか分らん、ということもありまして、なかなかこの弔慰金の対象にするのは難しいとみられます。各自治体で、義援金等で、何か処置をして頂く以外にないんじゃないかなぁと、こんな風に考えているところが現状でございます。」
厚生省交渉において、この弔慰金問題も取り上げられた。われわれが、オーバーステイの外国人に弔慰金を支払わないという根拠を問うと、「災害弔慰金の支払等に関する法律」の「住民」の問題だという。大臣答弁にでてきているが、オーバーステイおよび旅行者は「住民」ではないから支払われないというのである。
新聞記事で紹介した韓国人の女性やオーバーステイの死亡者の遺族には支払われないという見解だ。厚生省の紋切型の見解は到底容認できないが、実際の支払い窓口である各市町村での交渉に力を移した方が得策であるという感じである。今回の震災では神戸に旅行中に死亡した日本人が何名かいるが、住民でない彼らに弔慰金は支払われないのだろうか。そんなことはないと思う。オーバーステイ等の外国人を切り捨てるためにだけ「住民」論が用いられているとすれば、そんなものが通用するはずがない。
おわりに
阪神大震災と外国人について考えてくると、地震以前に起こったことが地震後にも起こっているという気がする。
私も原告となっているスリランカ人留学生ゴドウィンさんの生活保護をめぐる裁判がちょうど三月二七日に結審を迎えることになったが、根のところに同じ問題が横たわっている。くも膜下出血で緊急入院したゴドウィンさんに対して厚生省が、永住者・定住者以外に生活保護が適用されないのだからと医療費の支払いを拒否したことからゴドウィンさんは始った。最後の砦の生活保護が拒否されている外国人が日本の中に存在していたことが根本問題であったのである。
今回の震災においては、医療費については健康保険加入を理屈として、弔慰金については「住民」であるか否かを理由として排除しようとしている。留学生であったゴドウィンさんの生活保護適用にストップをかけた厚生省も、今回の事態のなかで医療費、弔慰金において留学生にその適用範囲を広げた。震災で被害を受けた外国人にも同情が集まっている状況下で、そこまで切り捨てたのでは世論の反発に耐えられないと判断しているのであろう。
非常時に対処するための法律で国籍、在留資格において最も差別のないはずの災害救助法等をすべての外国人に適用させるべく活動を継続しているが、厚生省の恣意的な「解釈」を行って排除しようとしている。阪神大震災における外国人の取り扱いにおいて日本社会の醜い現実をみせているが、犠牲となられた外国人の死を無駄にしないためにもこの現実を改めさせねばならない。
(一九九五年三月二六日)
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