セミナー活動

セミナー活動とその展開

セミナーは、とりあえず2本が発足した。その一つは「朝鮮史セミナー」で、1972年6月に井上秀雄氏の「朝鮮の古代国家」によって第1回が始められた。この「朝鮮史セミナー」をはじめるにはきっかけがあった。センター理事の1人、西原基一郎(韓皙曦)氏がこの年3月にマッケンジー著「義兵闘争から三一独立運動へ」を翻訳出版し、その出版記念会がセンターホールにおいて行われた。その折参加者の間でこの歴史を今後も継続して学習していこうとの提案がなされ、早速企画委員が作られて朝鮮と日本の関係史を学ぶセミナーが発足することになった。
その後も引き続き、「現代朝鮮と日本」「朝鮮文化と日本」「朝鮮の文学」「李朝時代の思想」「朝鮮近代の民衆運動」「解放後の在日朝鮮人運動」「在日朝鮮人の民族教育」「現在の在日朝鮮人問題」「朝鮮解放40年・日韓条約20年」「兵庫と朝鮮人」「天皇制と朝鮮」「『強制連行』を問う」といったテーマで行われた。夏期特別講座として、朴慶植、鄭敬謨、金達寿、姜在彦、梶村秀樹、李進煕、中塚明、金賛汀、金石範、李恢成、大村益夫の諸氏を講師としてお迎えし泊りこみのセミナーも開催した。今日まで30年間に235回を重ねることになった。
講演会形式のセミナーと並行して、1981年12月には成昌順氏「パンソリの夕べ」を、1982年5月には「水牛楽団コンサート」、1983年2月に沈雨晟氏の「人形劇場」、4月には金明洙・金一玉による「韓国伝統舞踊」、1983年3月に瓦礫組の神戸公演、1985年8月にソナンダン公演、震災の年にはチャリティーコンサートとして「曺小女パンソリの夕べ」「がんばれ神戸!安致環ライブ」も行った。また、フィールドワークとして、「兵庫県下の在日朝鮮人の足跡を訪ねる旅」(1989年)、「日朝関係を考える岡山への旅」(1991年)さらに、96年から韓国祭ツアー(96年江陵端午祭、97年公州民族文化祭、98年珍島霊登祭)や歴史をたずねる民草ツアー(99年東学の道、00年済州島4・3)や北朝鮮ツアー(2001年)も企画した。

セミナーの二本目は「食品公害セミナー」だが、このセミナーの発足に当たってもきっかけがあった。最初これは「婦人生活セミナー」として始められたが、このなかのひとつとして食品公害の問題を取り上げていた。この講演に参加した当時神戸大学農学部助手の保田茂氏とセンターとの出会いが、その後この問題を発展させていくことになる。そして翌1973年6月、「食品公害セミナー」が発足し第1回保田茂氏の「今なにを学び何をすればよいか」を皮切りとして毎月1回を行い、以後24年間に314回を数えることになった。1995年4月から名称を「食料環境セミナー」と変えて現在も続けているが、「学校給食を考える」「農業と私たち」「海と私たち」「今、家畜に何が起こっているか」「食生活の総点検」「恐ろしい魔法の薬・界面活性剤」「今、子どもに何が起こっているか」「石油危機と食べもの」「農畜産物の安全性を考える」「医と食と健康」「ゴミと水と都市」「森と水と生きもの」「アトピーを考える」「今、米を考える」「生活環境と大震災」「子どもと環境ホルモン」など今日の「食」に関わるあらゆる分野をとりあげている。1982w)ナ・砲蓮☆・碓・ぢ回記念講演として竹熊宜孝氏による「食べものと健康」、1987年9月にはセンター創立15周年記念講演として「せまりくる21世紀にむけて」と題して、粱瀬義亮氏と槌田劭氏によるシンポジュウム、1991年9月には200回記念として坂下栄氏の「あなた、生活を科学していますか」、1999年12月には、300回を記念して保田茂氏の「21世紀の食を問う」を行った。

センターが日本基督教団と密接な関係にあることについては先に述べたが、そのことからキリスト教思想に関するセミナーの開催が望まれ、1977年5月「近代日本とキリスト教」第1期が発足した。近代以降の日本のキリスト教を批判的にとらえて、正統的立場だけではなく多様な立場からキリスト教精神を生かした人々の思想、生き方を浮かび上がらせようとの意図をもってのぞんだ。「キリシタンから初期プロテスタントまで」「明治後期のキリスト教」「大正期のキリスト教」「昭和初期のキリスト教」「戦後日本のキリスト教」と5年間で1サイクルを終え、センター10周年記念講演として加藤周一氏を迎えて「日本文化の課題」を聞いた。1982年4月以降は「近代日本の精神」として、1985年以降は「現代、こころの旅」「神戸とキリスト教を語る」に受け継がれ、1987年5月のセンター15周年記念講演には再び加藤周一氏を迎えて「日本文化対キリスト教」を聞いた。その後、「新共同訳聖書について」「賀川豊彦の全体像」「戦時下・キリスト教の一断面」「現代に生きる神学を学ぶ」「生と死」「戦後50年とキリスト教」「世紀末ku梍サゞ機廖屮ぅ┘垢箸呂覆砲・廖尸・屋世紀のキリスト者」などのテーマのもとに継続されている。

3本柱のセミナーのほかに、センターが主催あるいは共催・後援のかたちでいくつかのセミナーを開催した。
1974年以降「東南アジアセミナー」として「東南アジアの声を聞く集い」やティーチイン「アジア援助のすきま風」「タイにおける労働、住民運動」などを計18回行い、1975年には最初の東南アジア現場研修旅行を行った。この研修旅行はさらに第2回を翌1976年にも行っている。また1975年から現代と人間セミナーとして9回のセミナーを開いたが、寺山修司氏(76.5.7)もお招きしている。
1986年6月から25回、「知りたい世界をのぞく」を行なったが、ここでは特にのぞく会全体のテーマは設定せず、参加者の希望に従って次回のテーマを決め講師に依頼する形で企画され、講師の話は30分程度にとどめて、あとは参加者の質問によって進行した。テーマは、「チェルノブイリ―原発事故と日本の原発」、「アフリカを訪ねて」「ホルモンの話」「ゴキブリの話」「インドのカースト制」などであった。1987年には、地域の学堂保育、カウンセラー、学習塾の方々と「子ども考」(全6回)、1993年には「先住民年」セミナーを開催した。

セミナーからの発展

「朝鮮史セミナー」との関連で生み出されたのが「朝鮮語講座」であった。初級講座は1975年5月に「むくげの会」の朝鮮語講座を引き継ぐ形で開講され、1976年4月に中級を、1976年7月に上級をそれぞれ開講した。毎年多くの人々が受講し、2002年度はワールドカップの影響もあって4つのクラスで約60名が学んでいる。また、韓国のカトリック農民会等が、日本の有機農業運動との交流で学生センターを訪れるときには「通訳」の役割も担っている。開講3年目の1978年から受講者による「学芸会」が毎年行われ、朝鮮語劇の熱演で盛り上がった。10回続いた後に「卒業弁論大会」が開かれたこともあった。

「食品公害セミナー」との関連から生じたのが、「食品公害を追放し、安全な食べものを求める会」で、1974年に発足しセンター内に事務所を置いている。有機農産物をつくる生産者とこれを受ける消費者とが協力して、食品公害の実態を学習しながら、生活に必要なより安全な食べものを作るつながりをつくりだそうとの運動体である。
また、食品公害・食料環境セミナーとの関連で青年たちを対象に「有機農業ワークキャンプ」が1987年8月より兵庫県氷上郡市島町一色農園の協力を得て97年まで行なわれ、94年には「市島発夏子体験」も企画した。また1994年には一色作郎氏を塾長に「農塾」がスタートし、2002年には渋谷冨喜男新塾長のもとで第10期をおこなっており、神戸市西区に実習農園も運営している。市島町をフィールドとする「森林講座」は、96年5月から始まり現在にいたっている。グリーンウェーヴ例会(96年7月~01年3月)、淡路・海とみかん山体験(95年~99年)も企画した。

最終更新日: 2012年01月17日

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